牧岡奈美 「あさばな節」「塩道長浜節」を唄う
奄美名瀬のライブハウスASIVI「じゃばら祭」で唄う牧岡奈美。囃子は中孝
介。
奄美名瀬のライブハウスASIVI「じゃばら祭」で唄う牧岡奈美。囃子は中孝
介。
唄 三線 森田美咲
囃子 三線 森田葉月
平成29年4月1日@奄美ダイニングかんもうれ
えらぶゆりの花の元歌とも言われてます。
枕よ、愛しい人との事を誰にも言うなよとの歌詞です。
【歌詞】
(上)枕(うまくら) 枕 物(むん)言うなよ 枕 枕
加那が仲 吾仲 言うなよ枕
(下)うまくらぬ 言い出(じ)てぃ物(むん)言うるときや
加那が仲 吾仲 言(いぁ)だな置きゅむい
【意味】
※枕よ枕、決して言わないでくれ 私と加那のこと
※枕がものを言うことになったら、私と加那のこと言わないではおくまい
日高三郎 幻の稀少音源
奄美まつり「シマあすびの夕べ」が2010,7,29奄美文化センターで開催されました。カサン唄の女性唄者「川畑美穂子」さんがくるだんど節を唄いました。三味線は、前田重三郎さんハヤシは泉奈津紀さんでした。
奄美大島出身の指宿桃子さんと、喜界島にルーツを置く、タナカアツシさん。
ふたりが組んで「アツもも」誕生。
2015年3月21日に、ふたりが御徒町の徳之島料理の店で行ったシークレット・ライブ。
20人弱と言う限られた空間で、奄美地方のレアな唄を披露。
今回は、その中から指宿桃子さんが2014年の「奄美島うたのど自慢大会」で準優勝に輝いた「俊良主節」を紹介します。
とても難しい歌ということですが、本当に素晴らしい歌声です。
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多くの方に拡散頂きたいと思います。
【Amami Oshima folk song】
昔、奄美が薩摩の支配を受けていた頃、名瀬の大熊でヤンチュ(奴隷)同様に働かされていた子守娘の「ミヨ松」が背中の子供をあやしながら
仲勝の空が黒ずんできたのを、地主の栄多喜は待望の雨が降って喜ぶだろうけれども、ミヨ松はこき使われるので悲しいという話が元歌だと言われている。
現在は、主に教訓、恋の話、戦争時の話など様々な内容の歌詞が唄われている。
くるだんど節 森田美咲・葉月姉妹 奄美民謡 徳之島シマ唄
Asagao Bushi, a wonderfully rendered traditional Japanese Song by Vocalotus, appreciate how Miku’s synthetic voice mix so well with the shamisen.
Source: http://www.nicovideo.jp/watch/sm12014606
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NND: mylist/20657533
Blog: http://ameblo.jp/vocalotus/
A word from the author:
奄美島唄ファンのブンガPです。島人ではありませんが温かく見守ってやってくださいね。
ミクさんの発売記日にリリースされた作品。ミクさんのお誕生日ということで奄美でお祝いの席などで歌われる歌です。
歌詞の意味は「若松の下で亀と鶴が舞い遊んでいる」というおめでたい光景を歌ったもの。
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奄美民謡 島唄
『行きゅんにゃ加那』(いきゅんにゃかな)は北部奄美の代表的な島唄の一つ。
作詞、作曲共に不詳。単純なメロディーであるため三線の稽古で最初にくることが多く、また奄美出身の歌手によく歌われる曲である。行きゅんにゃ加那節、行きゅんな加那節、行きゅんな加那。
男女の別れを歌ったという説と生者と死者の別れを歌ったという説がある。 そのルーツは本土系の数え歌にあるという。