最終更新日時: 2026年8月16日

この作品はフィクションです。登場人物・出来事は創作です。実在の人物・団体とは関係ありません。文化・風習の描写には地域差や家庭差があります。
第07話 マングローブの舟
住用のマングローブ原生林で二人はカヌーに乗った。透の櫂は何度も水面を空振りし、後ろの凪が笑うたびに舟が揺れた。
カヌーは見た目より敏感で、透が身を固くすると右へ左へ揺れた。『水と喧嘩しない。押したら戻す』。凪の声に合わせ、透は肩の力を抜いた。
根を水につけた木々の間を、小さな蟹が走った。森と海が同じ場所にある景色を前に、透は黙った。今度の沈黙は困ったからではなく、見たものを壊したくなかったからだ。
透が『笑うと余計むずかしい』と言い返すと、凪は一瞬驚き、それからもっと笑った。潮の満ち引きで姿を変える森の中、透は失敗を見られても逃げたくならない自分に気づいた。
岸へ戻るころには、透の櫂も水をつかめるようになった。凪が『前より進んでる』と言い、透は『凪が笑わなければもっと』と返す。言い合いながら同じ速さで進む舟が、二人の距離そのもののようだった。
腕には櫂を握った疲れが残った。空振りした回数より、最後に二人で進めた距離のほうを覚えていたかった。
次回:第08話へ続く


