【きょうの一節】うらとみ節 きょらさ~ 2026年10月21日

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最終更新日時: 2026年10月22日

うらとみ節――美しさが悲しみに変わる一節

きょうは、奄美に伝わる「うらとみ節」から、むちゃかなという娘の運命に触れる短い一節を読みます。鹿児島県『歌い継ぐ奄美の島唄~選曲集~』の奄美大島南部編に収められた、中山音女さんの歌唱例をもとにしています。

きょらさうまればヤ
どし しににくまれて

引用は詞章の一部分です。冒頭の掛け声と途中の囃子、歌唱上の繰り返しは省いています。

一節の意味

平たく言うと、美しく生まれたために、友だちから憎まれてしまった、という意味です。県の資料の共通語訳も、この箇所を美しさと友人からの憎しみが結びつく言葉として説明しています。「きょらさ」は美しさ、「どし」は友だちを指す言葉として読むと、情景がつかみやすくなります。

ふつうなら喜ばれるはずの美しさが、ここでは苦しみのきっかけになっています。本人が何か悪いことをしたという説明ではなく、周囲から向けられる感情によって追い詰められていく。その理不尽さが、短い言葉の中に表れています。

母娘の伝説を伝える唄

県の曲目解説では、「うらとみ節」は、うらとみと、その娘むちゃかなの悲劇的な伝説を歌う唄として紹介されています。よく知られる伝承では、うらとみは加計呂麻島から逃れ、喜界島へ漂着して結婚し、むちゃかなを産みます。美しく育った娘は周囲の嫉妬を受け、海で命を落としたと語られています。曲名のうらとみは、娘ではなく母の名とされています。

ただし、この物語をそのまま確定した歴史として読むことはできません。同じ県の解説も、研究によって歴史的事実との違いや、多くの人物・伝承が物語に影響したことが指摘されていると説明しています。ここでは、母娘の悲しみを語り継ぐ伝説として受け止めます。

シマ唄文化の中で聴く

この唄は、楽しい気分や祝いの言葉だけではなく、人の悲しみや、共同体の中に生まれる嫉妬もシマ唄が伝えてきたことを感じさせます。今回の一節も、周囲の感情に翻弄される娘の姿を思い浮かべながら聴くと、言葉の重みが変わってきます。これは詞章と伝説を踏まえた読み方であり、特定の行事だけに結びつけるものではありません。

県の資料は、中山音女さんの淡々とした歌いぶりにも触れています。同じ詞章でも、声の運びや間によって悲しみの伝わり方は変わります。文字の意味とともに、唄い手がどう語るかにも耳を向けたい一節です。

ことばと伝承のゆれ

シマ唄のことば・発音・表記・繰り返し方や意味の受け取り方は、地域、集落、唄い手、採録・文字起こし、演奏の伝統によって異なることがあります。伝説の細部にも違いがあります。ここでは県の掲載例に沿い、解説に必要な短い箇所だけを引用しました。歌詞全体を再掲したものではありません。

出典・参考資料

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