最終更新日時: 2026年8月10日

この作品はフィクションです。登場人物・出来事は創作です。実在の人物・団体とは関係ありません。文化・風習の描写には地域差や家庭差があります。
第01話 島へ続く空
中学二年の相沢透は、羽田から奄美へ向かう窓際で、雲の下に現れた青い海を見つめた。東京では発表も雑談も苦手で、夏休みを祖父母の家で過ごすことにも気が重かった。
飛行機が高度を下げると、海の色は一枚ではなくなった。紺、群青、浅瀬の水色。透は隣席の人に窓を見せたいと思ったが、声をかける勇気は出なかった。代わりに、膝の上の指で島の輪郭をなぞった。
祖父の軽トラックでは、開けた窓から蝉の声が流れ込んだ。徳一は質問を重ねず、『疲れたら黙っとればいい』と言った。その言葉が、透には歓迎の挨拶よりありがたかった。
空港では祖父の徳一が『うがみんしょーらん』と笑った。奄美の言葉でこんにちは、という意味だと教わり、透は小さく頭を下げた。湿った風は甘く、知らない夏の匂いがした。
祖父母の家に着くと、縁側の向こうで芭蕉の葉が揺れていた。祖母の文子は麦茶を出し、透が答えやすいよう、東京のことを一度に聞かなかった。夜、聞き慣れない虫の声に包まれながら、透は明日もこの濃い緑の中で過ごすのだと考えた。
枕元のスマートフォンには明日の予定がない。それでも透は、島で何かが始まる予感に目を冴まさせた。
次回:第02話へ続く



