最終更新日時: 2026年8月31日

この作品はフィクションです。登場人物・出来事は創作です。実在の人物・団体とは関係ありません。文化・風習の描写には地域差や家庭差があります。
第24話 舟こぎの声
港の舟こぎ練習を見学すると、漕ぎ手たちは掛け声を一つにしていた。一本の櫂だけ強くても舟はまっすぐ進まない。
漕ぎ手の背中には汗が光り、櫂が水へ入るたび同じ飛沫が上がった。透の声は誰かの声と重なり、どこからどこまでが自分なのかわからなくなった。
休憩中、漕ぎ手の一人が『よく聞こえた』と水を掲げた。透は胸の前で小さく拳を握る。凪は見ていたが、からかわず、自分も同じように拳を作った。
凪に促され、透も岸から声を出した。最初は波に消え、二度目は漕ぎ手まで届いた。振り返った人の笑顔に、透は声とは上手さより、相手へ渡そうとする力なのだと思った。
練習後、透は喉が熱くなるほど声を出していた。凪が水筒を渡し、『東京でも声、出せそう?』と聞く。透は即答せず、『凪がいなくても、少しなら』と言った。凪は嬉しそうで、少し寂しそうだった。
喉のかすれは声を出した証だった。東京でも一度なら自分から話せる場面を、透は初めて想像できた。
次回:第25話へ続く



